ウォン・ジンポー(黃精甫)監督は、2003年インディペンデント作品『福伯(原題)』で一躍認められ、翌年アンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、ショーン・ユー、エディソン・チャンといったスターを配した2作目の『ベルべット・レイン』がヒット。第24回香港電影金像奨で最優秀新人監督賞を受賞。
2010年には、日本女優蒼井そらとジュノ・マックを主演にしたバイオレンスノワールラブストーリー『復讐の絆 Revenge: A Love Story』 でモスクワ国際映画祭において監督賞を獲得。香港で期待されている監督のおひとり。
作品とお写真を拝見してなんとなく想像していた通りの方でした。お酒は飲まず、食が細く「僕のお母さんはすごく料理が上手だから、あまり他のものは食べないんだ」と本当か嘘か分らない事を仰り、しかし、映画の話をしてみるとすごーく率直。そこでトークショーの表と裏でうかがったお話をば。
初対面で「悪戦面白かったです」と言うと開口一番「日本が悪者でゴメンナサイ」と私にむかって手を合わせる香港人。思わず「いやいやいや、昔からの香港功夫映画ファンは慣れてるし!」と言ってしまいましたよ。
悪戦は企画ありきで始まった作品。制作、脚本はウォン・ジン(王晶)。中国大陸との合作映画に慣れてるウォン・ジンは検閲を通る脚本を作るのがうまいのだとか。
これはショウブラの経典、チャン・チェ監督チェン・クアンタイ主演の『上海ドラゴン 英雄拳』(1971年)のリメイクとして作られました。オリジナルは田舎から出て来た男が黒社会でのし上がり、やがて旧勢力の計略によって殺された義兄弟のために復讐するも自らもまた命を散らすという、いわば現代のノワールものの原点のような1本。
主演のフィリップ・ンとアンディ・オンは実生活でも留守中にペットの面倒をみるほどの超仲良し。常々「こいつら中学生の部活の帰りみたいな奴らであることよ」と思っていたのですが、監督曰く「いや、彼らは小学生だから!」聞けば2人は一緒にお風呂に入る事もあるらしい。日本の体育系の感覚だとそれもありだけど、香港の人にとっては不思議な事なのかも。つか、その風呂のサイズを聞くべきだったと今となって後悔しております。撮影所の大浴場みたいなとこだと別に変じゃないけど、自宅サイズだと話は・・・ちょっと変わってきますよねぇ(笑)。
キャスティングとしてはまず馬永貞役にフィリップが決まっていて、そこで龍七役を彼の実際の友人であるニコラス・ツェー(ニコラスは、テレビドラマ『詠春』の際に自ら武館を持つ師傅であるフィリップから詠春拳の指導を受けていました)とアンディ・オンどちらにするかとなった時に監督が「この2人が死んだら泣くのはどっちだ?」と訊いたところ「アンディ」と答えたためにアンディに決定(しかしすごい質問だ)。アンディが撮影中だったために4カ月クランクインを待ったそうです。
私は2人が闘うシーンが心底楽しそうで微笑ましくてかなり好きなのですが、特にクラブで働くフィリップをアンディが突然襲うシークエンスなんか「こいつら絶対に普段からこんなことやっているに違いない」というナチュラルさに溢れております。
で、作品は、馬永貞ながら主人公は決してヤクザにはならない正義の人と描かれていて、ジミー・ウォングの台湾馬永貞映画(!)1972年『ドラゴン覇王拳』のリメイクでない限り、まぁこの辺りは中国大陸の検閲に配慮した結果かなとも思いましたが(実際そうだったらしい)どちらかというと馬永貞と龍七(アンディ)2人で「馬永貞」なのかなという印象を私は受けたんですよね。監督は「旧体制を破ろうとする者」としての龍七に自己を投影したということでした。
劇中、何度かブルース・リーを彷彿とさせる場面や設定(母親からもらったバングルとか)が見受けられたので打ち合わせの際に通訳のソフィーさんと2人して盛り上がったのですが、監督自身はそれほど意識していなかったのだそう。
特にフィリップが胸の傷をなぞったあたり、その指を絶対にペロッと舐めるに違いないと期待していたら舐めなかったので残念。会場でも同じ質問が出ましたが、あれはフィリップがブルース・リーの大ファンなので自然に出た動きだったのだとか。というか、裏では「フィリップがリハーサルの時にブルース・リーの真似を始めたらすごい似てるんだよ!むしろ真似しないでと指導したくらい」だったそうで。ほんと、武打星はことごとくブルース信者のようであります。
ラストシーンも絶対に「ドラゴン危機一発」だよなぁとほくそ笑んでいたら、監督本音ではこの映画をモノクロで撮って(モノクロにしたかったというのは何となく分りましたよね)「ドラゴン怒りの鉄拳」と同じようなラストにしたかったんだそうですよ。が、龍七は死んで馬永貞は死なないと決められちゃったそうで。偶然の産物ですね、気がつけば怒りの鉄拳がドラ危機になっちゃったという。
また、この作品にはオリジナルである『上海ドラゴン』出演者が出てくるのも心憎い。主役だった馬永貞役のチェン・クアンタイ、斧頭党(斧頭会)の一味としてやられてたフォン・ハックオンとユエン・チョンヤンがそれぞれアクションシーンもばっちりあってオールド功夫映画ファンも大喜び。そしてオリジナルで、やはり馬永貞にぶっとばされてたユエン・ウーピンがアクション監督を務めております。
いくら監督とはいえ、自分の父親ほど年の離れた大先輩マスターユエン・ウーピンです、ひょっとしてアクションは全部お任せだったのかと訊いてみると、実は最初ウーピン先生の撮り方は「当てない方式」だったそうで、そこで監督が「リアルヒッティングでやってください」とお願いしたんだそうです。当然本当に当てると痛いですわね、で、撮影中に大陸のスタントマンが全員やめちゃった(笑)。代わりがくるまで12日間撮影はストップしたんだとか。
当然フィリップとアンディのシークエンスも吹き替えなしだったそうです。が、アンディに関してはスタントマンにマジ当てするのがどうしても嫌だと時々吹き替えを使ったそうな。
彼曰く「ユエン・ウーピンさんは超プロフェッショナル、監督の意向をちゃんと汲んでくれるアクション監督、素晴らしい!」と大絶賛。
そんな彼もあなたくらいの歳にはスタントマンや役者に「超スパルタ!鬼!人でなし!」と怖がられたのよ~と言ったら不思議そうにしておられました。人って変わるものなのですねぇ。で、アクションシーンで多用されていたスローモーションは、ジンポー監督の好みだったようです。
そしてこの映画の重鎮の一人であるサモハン。彼が撮影所に初めて姿を見せた時それまで大勢のエキストラで騒がしかった現場が一瞬にして静まり返り、まるで『十戒』で海が割れるかのように人垣が割れ、そのなかを堂々と歩いて来たそう。早いうちからアンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、エリック・ツァンといった大スターを演出し「別に緊張したりしなかった」というジンポー監督をもってしてもその時ばかりは緊張したんだとか。うぉ~さすがサモハン!
ところでこの『悪戦』の劇中とエンドロールには、とっても素敵なジャジーな曲が使われています。これは『把悲傷留給自己』というナンバー。元歌は台湾の男性シンガーソングライター陳昇(ボビー・チャン)の1991年の大ヒット曲。それが好きだった監督は『ベルベット・レイン』でショーン・ユーの愛した女の子としても出演した林苑(ジア・リン)に歌わせてオープニングに使いました。今回はアレンジも一新し同じジア・リンでレコーディングしなおしたのだそうです。ツイ・ハークに『小刀会 序曲』があるようにウォン・ジンポーに『把悲傷留給自己』あり。彼にとっての男同士の友情と義侠心には大切な意味を持つ曲のようです。
オリジナル:陳昇 Bobby Chen【把悲傷留給自己 I left sadness to myself】
林苑:電影《惡戰》插曲 “把悲傷留給自己”
おまけ:把我的悲傷留給自己 By 陳昇 / 小齊 @任賢齊神魔人香港演唱會
意味もなく:[我們的粵語片 – 武俠篇(2)] – 背景音樂︰《小刀會序曲》 – 商易 作曲
↑これってうーんと昔から武侠映画のテーマソングみたいなものなんですねぇ。
ウォン・ジンポー監督の話は多分続く。はず。
この功夫映画フアン必見の作品『悪戦』は、あと1回、12月14日日曜日京都みなみ会館で20時40分から上映されます。日曜は京都にレッツゴー!
悪戦 予告
ベルべット・レイン予告(香港版)
復讐の絆 Revenge: A Love Story 予告
悪戦初見時のレビュー