グイ・ルンメイの虚無感をたたえた眼差しがすべてを物語ってる
監督
ディアオ・イーナン(刁亦男)
キャスト
リャオ・ファン(廖凡)
グイ・ルンメイ(桂綸鎂)
ワン・シュエビン(王学兵)
ワン・ジンチュン(王景春)
公開されて初めての水曜日、新宿武蔵野館の18時半の回はほぼ満席。スクリーンの中は寒いのに途中からやたらと暑くてのぼせるかと思っちゃいました。
本当はこの後にシネマカリテでキム・ギドク監督の『メビウス』を観るつもりでしたが道中電話とかしてたら劇場には「メビウスはソールドアウト」という貼り紙。続けて『メビウス』観ようと考えたのは偶然だけど『薄氷の殺人』が始まって4分くらいしたら、すごいナイスなチョイスなのかも!と思っただけに返す返すも残念。あああああああ!一日一回上映の水曜日舐めてました。
自分は贔屓俳優とかジャンル(しかも範囲はすごく狭い)を中心に映画を観るくらいなので、この作品がベルリン国際映画祭の金熊賞を獲ったことも実はすっかり忘れていました。だけど直近の台湾金馬奨で作品賞候補になったのを覚えていたのと、大好きなグイ・ルンメイが出演しているということで楽しみにしてたんですよね。
想像したよりうんと荒削りでしたが、ファーストショットからビンビン良作の匂いが。
特にロケ先に選んだハルピン。上海でも北京でもないこの土地の佇まいが興味深く、貧しくド田舎な風情と対比を成すスケートリンクでかかる音の割れた『美しく青きドナウ』の安っぽさや違和感を放つギラギラネオンのナイトクラブ、やたらとケバケバしく装飾された観覧車の不自然さが現代中国の抱える歪みを生々しく切り取ります。この映画に「温度」を感じるのはもちろんですが、匂いも同時にありました。
ユニークなカメラワークやジャンプカット、踏みしめる雪の音など、印象に残るシーンが多く、1999年容疑者を逮捕してからの銃撃シークエンスはアングルや長回しがとても効いていてよかった。
主だった俳優はそれなりに知っている人でしたが、主演のリャオ・ファンは多分2004年以降のこの役のためにわざと増量したんでしょうね。普段もっとシュっとしてますもん。あのダサいモコモコの防寒服をまとった冴えないおっちゃん役が非常に現実的。
そしてなんといってもグイ・ルンメイが素晴らしく美しい。事件が起こってもなお、なかなか顔を見せない演出といいほんの数言しかない台詞といいその魅力は存分に引き出され、彼女の暗闇を思わせる虚無感をたたえた眼差しのお陰げで一方的な肉欲こそあれこの男女にはロマンスなど存在しないことを最後まで思わせ一層虚しさが増してよかったです。だからこそ連続して『メビウス』観たかったんだよねぇ。
そもそも彼女がスケートに誘われて行くことにしたのもああやってコースを外れたところに誘導したのも、そうすれば男の身に降りかかるだろう出来事を分ってやってるわけで。あの時はたまたま元同僚の刑事が2人を見張っていて難を逃れたようなもの。
観覧車に関しては、男は女と寝たかったのだろうけど、そうしてでも真実を彼女は知られたくない。ましてすでに彼女は「自分を守るもの」を失くした身。自分を縛りつけるものから解放されたと思ったら入れ替わるように別の存在が自分をまた圧迫しようとしている、その絶望感たるや。彼らの感情の違いは翌朝のお粥と肉まんの朝食を前にして、満足そうにたいらげる男といち早くその場を出る女の行動に現れておりました。
最後男の上げる白昼の花火を見ながら浮かべるあの笑顔は、もう偽らなくてもいい、そのせいで誰からももう踏みにじられなくて済むという安堵とそれを促してくれた男への感謝(たとえ愛はなくても感謝はある)と自分は受け取りました。
そしてその花火に対して拡声器で呼びかける警官たちの姿。「これは花火の規則を超えている、何かあればすべてお前の責任だ」彼らがなぜここに流れ着いてしまったのか、一切の想像もしないその言葉と滑稽さに監督の強いメッセージを感じます。
公式サイト
『薄氷の殺人』ディアオ・イーナン監督、中国の映画作りを語る
「いま中国人は精神的浄化を必要としている」と語る『薄氷の殺人』監督インタビュー
中国映画「白日烟火」が金熊賞を獲得!俳優リャオ・ファンが主演男優賞―ベルリン映画祭
グイ・ルンメイレビュー
GF*BF(原題・女朋友。男朋友、2012年・台湾)@大阪アジアン映画祭
ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝(香港、中国・2011年)
ディアオ・イーナン監督とジャ・ジャンクー(賈樟柯)監督は仲がいいようで、そういえばジャンクー監督の『罪のてざわり』もいい評判を聞いていて観たかったんだと思い出しました。出演は『一個人的武林』に出演しているワン・バオチャン(王寶強)チアン・ウー(姜武)もいるよ。ソフト化したら是非観たい。