香港で観たカンフー・ジャングル第2弾。英題はKUNG FU JUNGLE、そもそも武林ってなに?
「武林」とは武侠小説で使われる、武術家達を取り巻く世界や多岐にわたった流派を包括する武術界を称する言葉。同じような言葉に「江湖」というのがありますが、こちらはもう少し広い範囲を差し、武侠小説に登場する庶民や彼らが暮らす世界も含みます。(追記:現代劇でも黒社会モノだと「江湖」という言葉が使われるケースがあります、その場合意味はそのまま「黒社会」)武林は江湖よりもっと狭い武術家だけの世界。英語だとWudang Sectと訳されることが多く、日本語だと武術界と訳されることもあるようです。
この言葉自体はそれほど古いものではなく、「十二金錢鏢」や、楊式太極拳の創始者、楊露禅を描いた「偷拳」などで著名な中国の武侠小説家宫白羽(1899—1966)が創作したもの。武術界だと味もそっけもないし中国らしさも薄まるので「武林」の方が自分は断然好きです。
本作の英語タイトルは当初『KUNG FU KILLER』でした。しかし大陸の検閲に配慮して『KUNG FU JUNGLE』になったと監督のテディ・チャンが話してました。要するに武林をそのまんま力技でJUNGLEにしちゃったというわけですね。直訳過ぎて本来の意味はなしませんけど、Wudang Sectよりはずっといい。インターネット検索してもこの映画がまずヒットするでしょうし。(注:北米での公開時には、配給会社が『KUNG FU KILLER』というタイトルをつけました)
撮影中、スチールで見た王寶強くんが左右高さの違う靴を履いており「怪我でもしたのかなぁ」と心密かに心配していたんですが、彼の演じる封於修が左右の足の長さが違うという先天的な障害を持っているというキャラクター設定だったのでした。役とはいえ左右の高さの違う靴であれだけのアクションをこなすのはさぞ大変だったことでしょう。すごいポテンシャルだ。寶強、すごいよ寶強。
そもそもテディ・チャンは2009年の『孫文の義士団』公開後、あの素晴らしいセットを使って民国時代を舞台にした功夫映画を撮るつもりだったようです。けれど『イップ・マン 序章』『イップ・マン 葉問』の大ヒットを受けて、にわかに功夫映画ブームが到来、脚本に時間のかかっている間に次から次へと先に功夫映画を製作され、結果監督はあのセットと民国時代を諦め、すべてを白紙に戻した後「現代における功夫を描く」ことにしたそうな。いや、結果オーライ。
実は監督は交通事故で肩を負傷するまでは武術を習っており葉問派の詠春拳もやっていたんだそうですよ。子供の頃は日本のテレビドラマ「柔道一直線」が好きで最初に習ったのは柔道。インタビューで功夫の話になると饒舌に話しだすのがキュートです。
さて、そこで映画のなかの功夫ネタですが。
劇中、遺体に残された燕を模したアイテムは清朝時代の「堂前燕」という暗器(小型武器)。
清朝末期には複雑かつ厳しい科挙制度の弊害で、そこを勝ち抜いた官僚の間では詩文の教養のみを君子の条件とし、政治をつかさどる立場でありながら現実の実務を俗事とみなす風潮がありました。んなアホな。当然読書や知識の深さが尊ばれ、それ以外は卑しいとまで公言する文官も多かったのです。
そんな平和な時代の朝廷では兵法や武術に長けた武官を野蛮な存在として一段下に見るむきがありました。
武官のトップである武状元ですら、ほとんど顧みられることはなく朝廷からの褒賞を賜ることができなかったため、その慰めにと一隻の堂前燕が与えられました。表向きは武官たちを慰労するためでしたが、裏には「お前達の実力がどんなに高くてもこの世ではすでに用はない、ただ朝廷という母屋の庇(ひさし)の前の一隻の燕にしか過ぎないのだ」という辛辣な意味が隠されていたといいます。
現代においても、功夫はもう無用の長物。形骸化した功夫で商売する以外それで食べて行くこともできません。シリアルキラーとなった功夫原理主義者の封於修は自分の倒した相手のもとにわざとその「堂前燕」を残すことで、無用という偏見を返上しているのかもしれません。
そんな武痴が何故あの順番で勝負をし、また夏侯武がそれを推理することができたのか。面会に来たチャーリー・ヤン扮する陸玄心警部を前に手錠をつけたまま彼はこう語ります。
「先拳后腿次擒拿,兵器内家五合一。肩與胯閤,肘與厀閤,手與足閤,擒繫死嘅,摞繫活嘅,先拳后腳次擒摞,擒摞有成,方進兵器,兵器廼手足之延伸,所謂人器閤一,心與意閤,意與氣閤,氣與力閤,內陰,外陽,內外貫為一氣,一形唔順,難練佢形」
ここからは超解釈になりますが、これはつまり功夫の奥義を極めるための口伝のようなものなのでしょう。多分修練を重ねるための順序が語られていると自分は理解しました。
犯人はこの口伝の通りの順番でそれぞれの武林高手に、しかも彼らと同じ技を使って挑戦しているのです。そして、過去に高下を決するために人を殺めた夏侯武も最後の1人に含まれているわけですね。
そう考えると「功夫是殺人技・・・」というキャッチコピーが実にしっくりきますよね。
と、ここで追記します:
夏侯武は佛山にある「合一門」という武館の掌門(継承者)でした。この合一門という門派がよくわからなかったのですが、合一門とはその名の通り、拳、脚、擒拿、兵器および内功の総合武学の門派だそうで、実在するのかどうかまではちょっとわからず。
さてセットの素晴らしさは前に書きましたが、衣装もなかなかいい。
いや、一見地味ですよ、というか本当に地味。ドニーさんにいたっては近年こんなノーブランドの洋服を着てること自体が珍しい。
なにせSPLでは一介の刑事の癖にChrome Heartsのベルトにシルバーのアクセの重ねづけ、導火線だってD&Gの皮ジャンでした。が、ここでは本当にヨレヨレのジャケットにフツーのチノパンで、そのうえ短髪だから目立たないけど白髪もちょいちょいそのままになってます。またそれが佛山萃葵里(翠葵里)とかランタオ島大澳の漁港とかに似合うんだな。
加えて師妹役の白冰さんのジャージとか白ポロシャツとかが大変よろしい。『孫文の義士団』でファン・ビンビンに濃い化粧を禁止しその美しさを際立たせたように、ここでも超お美しい白冰さんに化粧をさせずかなり野暮ったい衣装を着せて、だからこそ2人が師兄妹を超えて慕いあってるリアリティがありました。
そんな造型で一番注目して欲しいというか、放っておいても多分一番目立つのが寶強の拳。自分は武術家の拳を直に見たことはないのですが、皆本当にあんな拳をしてるんだろうかと驚くほど、節々にタコのできたあの拳。
特殊メイクでしょうが、これは一見の価値ありですよ。一方ドニーさんは多少名残があるものの、そこは3年刑務所にいたからか、稽古の足りなさから普通に戻りつつある。そのコントラストがまた興味深かった。
最後に、ドニーさん演じる夏侯武の年齢をお知らせしておきましょう。
1970年、6月25日生まれの44歳です。警察の資料で確認いたしました(笑)。葉問がいくつの設定だったかは分りませんが、とりあえず暫定的に最高齢きました。
と書いたとこで思い出した。そういえば『ドラゴン危機一発’97』でなんか無理のある老けメイクしてましたな。
関連テキスト
一個人的武林 KUNG FU JUNGLE(2014年、香港)その1- ドニー・イェン 甄子丹
一個人的武林 KUNG FU JUNGLE(2014年、香港)その3- ドニー・イェン 甄子丹
――――― 追記 ―――――
長い事、サーバーの引っ越しにかまけて放ってありました。すみません。再開にこんなに時間がかかるとも思わず、何のインフォーメーションもなくて。
実は中国語が激しく文字化けしてまして・・・これ全部確認して直すのか・・・と思ったら凹んですっかりそのままに。自分でも直したりしたのですが到底追いつかず。
もう別に文字化けしたままでいいや!と開き直りました。そのうちちょいちょい直すことにします。
やっと再開することになったので、どうぞよろしくお願いします。
過去記事読んで文字化けしてる部分を見つけた方はよかったらお知らせください。自力で直します。