この間大阪で時間があいたので、なんか映画でもと検索したら、なんとフレッド・アステアの「バンド・ワゴン」が梅田で上映されてる!迷わず観に行きました。
ああ、なんて素敵素敵素敵。
当然ソフトは持ってるけどスクリーンでこの作品を観るのは初めてです。当時はスタンダードサイズなのね。オープニングの、ステッキとトップハットのカットから心臓がバクバク。
やがてカメラが引いていくと、そこはオークション会場。
アステアの役は過去に人気を博したミュージカルスター。この落ち目っぷりがハンパない。なにしろ冒頭のステッキとトップハットがたったの1ドルでも落札されないのです。そのうえ主人公の過去の代表作がSwimming down to Panama、これは実際のアステアの出世作「空中レビュー時代」の原題Flying down to Lioをもじってるわけで。
正直、怪我をしたジーン・ケリーの代わりに「イースターパレード」で再起のヒットを飛ばす直前のアステア自身やや下降気味だったこともあり、この設定は結構辛辣かと。さすがヴィンセント・ミネリ監督、としか言いようがない。
しかもそれだけでは飽き足らず、NYに向かう長距離列車のラウンジで客同士の会話からいかに彼が「昔のスターで今は落ちぶれているか」が語られちゃったりします。それを新聞の陰で聞いている乗客のアステア。
昔の癖が抜けない彼は、終点NYで荷物をポーターにホテルまで届けるように頼むと手ぶらで列車を降りる。遠くで待ち受ける新聞記者たち。おもわずスターの顔をするものの、彼らの本当のお目当てはエヴァ・ガードナー(ご本人のカメオ出演)。たくさんの記者が彼そっちのけでガードナーとともに去った後、ひとり微笑みながら歌うBy myself。
このシーンはまさに、あのMGMの大ヒット作「ザッツ・エンターテイメントPart1」でアステアが出てくるシークエンスそのもの。そこでは、このバンド・ワゴンのシーンとのちのアステアが同じ場所で同じ曲を歌う場面をオーバーラップさせながらの真打登場でした。
このバンド・ワゴン冒頭の彼は薄いグレーの細めのダブルのスーツにブルーのボタンダウンシャツと同系色のネクタイ。胸にはキャノチエのハットバンドと同じ赤のチーフ。
ああああああ、どっから切っても溜息が出る粋なアステアスタイル!
煙草を指に、もう片方の手をポケットに入れ、人気のなくなったプラットフォームを歌いながら「ひとり歩いてゆく」アステアのゆったりと、でもリズミカルな足取り。
もうね、すでに私はここから胸がぎゅーーーーーっと締め付けられて苦しいくらいです。こんな素敵な人がこの世に本当に実在したのだろうかと。幻かなんかじゃなかろうか、と。
予期せずアステアを観たからでしょうか、なんだかちょっと自分でもヤバいくらい感傷的になってしまい、あやうく泣いてしまうかと思いましたよ。
すっかり様変わりしたブロードウェイ、すでに劇場から姿を変えてしまったゲームセンターで、気を取りなおすかのように靴を磨いてもらいながら歌い踊るShine on your shoes。
さて、その衣装の靴下は赤か青か。おお、グラデで決めてきました、鮮やかなブルーです。
この明るいナンバーのなんと軽やかで楽しい!観てるだけなのに、こっちは全開で笑顔になってしまう。靴磨きにお金を払って退場する彼の姿にもう少しで自分、立ちあがって拍手するところでしたわ。
このバンド・ワゴン、ストーリーはいわばよくあるバックステージもの。
落ち目のミュージカルスターの再起を賭けた舞台を友人と協力しながら作りあげるという話を縦糸に、ギリシャ悲劇を演じるような著名演出家と毛色の違うバレエダンサー、当時の投資家やステージの裏側、そしてジェネレーションギャップなどを織り込みながら、一度は大失敗したそのミュージカルをどう立て直してゆくのか?を歌あり踊りありユーモアあり(すごく笑えまっせ)で描いてゆく当時の大ヒット映画です。
この、小難しい演出家を演じたジャック・ブキャナンが非常にいい味を出していて前半は彼が映画を引っ張ります。
肩の凝らないミュージカルのつもりだったのが、大学で演劇論の講座も持つこの売れっ子芸術家の介入でスクリプトはどんどんあらぬ方向に。このブキャナンのまったくもって独善的でKY、しかもカリスマがありすぎて始末に負えないキャラは、とっても「らしくて」「あるある」と声に出して何度も笑ってしまいました。
気がつけば現代版ファウストに脚本は書き換えられ相手はバレエダンサーに変更。その若きバレエダンサー役には実際バレエ・リュスにも在籍したことがあり、500万ドルの保険を足に掛けた女優としても話題になった、あのシド・チャリシー。
畑違いの自信の無さから互いに「相手が自分を嫌ってるのでは」と反目しあうアステアとチャリシー。この中盤のドタバタぶりは、やがてくるミュージカルというジャンルの衰退をちょっと予感させて切なくもあり・・・。
この作品のダンスコレオグラファーはそれまでバレエ・シアターでソロのダンサーを務めていたマイケル・キッド。初めての映画の振り付けだったのだとか。当時アステアは彼のバレエ的な振り付けに不安を抱いていたそうで、まさに映画バンド・ワゴンとその裏側はちょっとリンクしていたのかもしれません。
しかし劇中、アステアとチャリシーのふたりには歩み寄る機会が訪れます。互いにアーティスト同士、打ち解けるのにはダンスで、とばかりに劇中セントラルパークで踊るDancing in the darkのロマンティックさは筆舌に尽くし難し。
真珠のチョーカーを着けた白いワンピースのチャリシーはこの映画で一番の美しさ。ああ、生まれ変わったら彼女になってアステアにベンチの上からくいっと引き寄せられたいぞ。
一方そのアステアはベージュのジャケット、イエロー系のシャツにジャケットと同じベージュで織だけのレジメタイ、ボトムは白いパンツ、靴下はダークブラウン(とにかくアステアは靴下までがコーディネイトの基本)に白茶(このブラウンが靴下と同じトーン)のコンビシューズという目の覚めるようなオシャレコーディネート。
とにかく断言します、彼は女性と馬車に乗りこませたら世界一です、世界一。耐えきれず、とうとうここで私の涙腺決壊。
あとは、紆余曲折ありながらもラストにはThat’s Entertainment!で締める大団円。(あの有名な曲はこの映画のオリジナル)
もうね満足、大満足。
あまりの感激に客電がついてもしばし動けず。と、そこへ後ろからひとりの年配の女性が「ねぇねぇ」と私に声を掛けます。
「あらー、サインかなんかかしら」なんてアホなことを思ったのもつかの間、いきなり「あの女優さんが緑の衣装を着てフレッド・アステアと踊るシーンがあると信じてこの映画を観たのになかったわ~、あの映画はなんていう映画なの?」と訊いてくるじゃありませんか(なんで私なのかは謎)。
「ええと、女優はこれと同じシド・チャリシーですか?」
「たしかそうなのよ、緑のドレスを着て踊ってるはずなのに、これにはなかったわ!あれはなんていう映画?」考えればチャリシーは確かこれ以外では「絹の靴下」でしか共演していないはず。
「多分、それ絹の靴下というタイトルの映画かと思います」
聞けばその女性、アルツハイマーで今症状を遅らせる薬を飲んでいるのだとか。
「私、アステアの映画は全部観てるのよねぇ、なのになんや最近忘れっぽくて」と嘆いていらっしゃる。「でも、このバンド・ワゴンも素敵な映画でしたよね~」と言うと「うん!」と輝くような笑顔を見せてくれたのでした。
お大事に、と別れた後、急に不安になってサイトで確認したところ、絹の靴下はやはりアステアとチャリシー共演。よかった。で、帰宅後youtubeで何となく確認したら、その映画でグリーンの衣装を着ていたのはチャリシーではなくジャニス・ペイジのほう。ええええ、違うじゃん!
・・・と、そこではたと気がついた。チャリシーのグリーンの衣装といえば「雨に歌えば」のナイトクラブのシーンがものすごく有名。
ひょっとしたらあの女性は、ジーン・ケリーとフレッド・アステアを勘違いしたのかもしれません。
うう、きちんとそれも踏まえて答えてあげられたらよかった、今でもちょっと後悔です。
≪The Band Wagon≫ trailer
By Myself – The Band Wagon (1953)
Shine on your shoes
FRED ASTAIRE and CYD CHARISSE – Dancing in the dark, at the Central Park
Gene Kelly& Cyd Charisse – from singin’ in the rain