映画「シザーハンズ」や「チャーリーとチョコレート工場」などを監督したティム・バートン。
その作品の常連として知られている女優に、公私ともに彼のパートナーとして知られるヘレナ・ボナム・カーターがいます。
いまでこそ個性的な役柄で知られる彼女ですが、初期にはコスチュームプレイ作品で可憐な演技を披露しエドワード朝時代を舞台にした「眺めのいい部屋」というイギリス映画で人気を獲得しました。
20世紀初頭、イタリアのフィレンツェに、付添い人の中年女性とともに到着した裕福な中産階級の娘ルーシー。予約の手違いから彼女らは中庭に面した部屋に通されます。
その部屋を、父親とともに滞在していた労働者階級の青年ジョージに「眺めのいい部屋」と取り換えてもらうところから始まるこの物語。
エドワード朝時代の若きヒロインがフィレンツェという街の自由な空気にとまどいながら、かつて感じたことのない解放感を胸一杯に吸い込むさまが、良く伝わってくる美しい映画でした。
この作品を観てから数年後。
初めてこの目でフィレンツェの町を一望した私は、スクリーンと同じ風景に感激する一方で、何かが足りないと心のどこかで感じてもいました。
付き添いなしでは旅行すらできなかったルーシーと、気軽に日本から遊びに来た現代の私。
陽に赤く照らされるクーポラの丸い屋根とそびえたつジョットの鐘楼を眺めながら、その感激と解放感の違いがそうさせるのかと切なさを抱いたくらいです。
だからといって、それでイタリアの魅力が損なわれたわけではありません。すっかりイタリア熱に冒されてしまった私は、それから数年間、休みの度に様々な土地を訪ねて歩くことになりました。
ある年の冬、ミラノとヴェローナの中間にあるフランチャコルタ地区のエルブスコに足を運んだ時のこと。
イタリア初のミシュラン三ツ星シェフ、グアルティエロ・マルケージ氏の経営するオーベルジュに泊まり、そこで私は地元フランチャコルタの素敵なスプマンテに出逢いました。
シャンパンよりも発砲が少なめで、柔らかく爽やかな口当たり。
文化面、とくに食に関しては非常に保守的なイタリアだからこそ、繊細さが際立つマルケージの料理。
彼の作り出すやさしい味わいに、そのスプマンテはとても良く合って一口で私を幸せな気分にしてくれました。
ラベルと見ると「VELLA VISTA」という銘柄。
ベラヴィスタとは日本語で「素晴らしい景色」。眺めのいい部屋に似た名前ではないの、真っ先に思ったのはそのことです(本当は眺めのいい部屋をイタリア語訳するとCamera con vistaになり、正直vistaしかあってないんですが。笑)。
女性が自由を謳歌できる世の中ではなかった20世紀初頭に生きながら、自由の息吹が芽生え始めた微かな時代の胎動にとまどいながらも魅かれるルーシー。
その内に秘めた情熱と自由への渇望が、なんだかベラヴィスタの控えめでありながら奥に秘めた力強い味わいにぴったり寄り添うように思え、初めてのフィレンツェで足りなかったものが埋まった気分にさせてくれました。
もう長らくイタリアを訪れてはいませんが、時々無性にこのスプマンテを飲みたくなることがあります。ありがたいことに最近では日本でも気軽に手に入るようになりました。
そして飲むたびに、自分にとってイタリアを思い出す一番のアイテムがこれなのだといつもしみじみ感じ、それは今でも変わることはありません。