2010年、第29回香港電影金像奨で最多15部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、助演男優賞、撮影賞、美術賞、アクション賞、音楽賞を獲得した話題の映画『十月圍城』。
とにかく出演するスターも豪華なら、セット美術がすんばらしい!1905年の香港を見事に再現したオープンセットは各国の有名監督が見学に来ただけあるわ。
担当したケネス・マクは今多分一番売れっ子の美術監督だと思う。顔を見ると結構若いあんちゃんに見えるけど才能と執念があるんだろうなぁ、過去にはジェット・リーのスピリットの美術なども担当。そういえば、あのスピリットの広場や茶楼ってそのまま残ってて色んな映画に流用されてるよね?ドニーファンとしてはおなじみ葉問1,2も彼が手がけています。
実はこの映画、ひとえにテディ・チャン監督の執念で出来上がったもの。
2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)騒動があったため一度白紙になり、その後2004年にクランクインまであとひと月、という段階で最大の出資者が自殺して頓挫してしまったという、いわく因縁のある作品。この流れについては、HK movie&Entertainment Newsという個人の方のブログに詳しく書いてあり、そのブログに書かれた紆余曲折制作秘話を読んだだけで私は涙がこみあげてきました。興味のある方はよかったらぜひご一読を。
またこれは別のところで知ったエピソードですが、2004年、出資者の自殺にともなう最悪の結果、企画がポシャって、完成したセットをいよいよ壊すとなったその日、美術監督がその真ん中で男泣きしたとか。それが今考えるとこのケネス・マクだったんでしょうね。
こうして完成した十月圍城を観ると泣いた理由がよく分ります。彼だけじゃなく、以前この映画に関わった人達は、その時どんなに無念だったことか。
そしてその無念さを乗り越えたテディ・チャンの執念をもって出来上ったのがこの作品です。そんな作品が面白くないわけがない、と香港映画ファンのひとりとして最初から激しくエコ贔屓モード。
あれだけたくさんのスター俳優を擁して、よくぞここまでまとめました。素晴らしい。それぞれにドラマと見せ場があり、それが破綻せずに後半の孫文到着後のあの疾走するかのような後半の流れに繋がる手法はお見事です。
登場人物のドラマについては、特に教師であったレオン・カーフェイと、清朝側の元教え子フー・ジュンとのやり取りが印象に強く残りました。それぞれの人間に立場や考えがある。そう示されるだけで物語はぐっと厚みを増します。
それにしてもリー・ユータンを演じたワン・シュエチーはうまい!中国本土の俳優さんは演技のうまい人が多いですが、さすがでございます。
暗殺団にいよいよ追い詰められた彼らが角を曲がると目的地である孫文の家の前の階段に鉄扇を持ったレオン・ライ若様が立っていた!そのシチュエーションだけでも鳥肌モノですが、このレオンのそばを通り過ぎる際のシュエチーの目の演技が絶品。もうね、役者ってこういうことなんだわ!
一方香港人も負けてないよ、とレオン・カーフェイ。まったく体力的にも武術面でも頼りにならない革命の士を見事に演じておりましたし、おっと忘れちゃなんねぇ、ニコラス・ツェーくんも非常に泣かせる演技で晴れて今作品で香港の映画賞の助演男優賞を獲得。納得です。
そんなオールスターキャストのなか、ドニーさんですが、なんのなんの、演技で見劣りなんかしちゃいません。もうね、ここ数年のドニーさんの演技力の向上にはファンの一人としては何というか、本当に心から嬉しい限りでございますが、今回は今まで観たことのない博徒という設定。
しかもあまりの最低な生活ぶりに妻にも逃げられてしまうダメ男。
ドニーさんありきでこの役を作ったのか、役が先でオファーしたのか分りませんが、よくぞこの役をドニーさんにあててくださった!ありがとう。
今までドニーさんの演技に泣かされたのは、あの伝説のTVドラマ『精武門』での妹が死ぬシーンと葉問。まさかまたこんなに早くドニーさんに泣かされる日がこようとは(笑)。
とにかく全体のストーリーも相まってこれでもかと泣かせてくれます。特に人力車に乗った娘を見つめて触れたいのに触れない、そんな演技をされた日にゃ、あーた。
そういえば、その時「走吧」と声を掛けるファン・ビンビンも最高に美しかった。
そして壮絶な最期の一瞬前、ボコボコに殴られ腫らした顔で彼がかいま見る家族の幻。もうね、観てる方は号泣っすよ、号泣。
この自転車のシーンはプロデュサーのピーター・チャンが、昔撮った「ラヴソング」の主題歌(テレサ・テンですね!)をセットでドニーさんが歌っていたのを聞いて、レオン・ライとマギー・チャンが自転車に乗っていたのを思い出し「あれ、いけんじゃね?」と急遽撮影をしたものらしいです。
いや、あの自転車のカットが挿入されているかいないかでは仕上がりが全然違うでしょうねぇ。これぞ素晴らしい映画における偶然の産物。
さて、いよいよアクションシーンについて。
今回のバトルの相手は本物の格闘家、カン・リー。私はドニーファンなので当然ドニーさんのアクションシーンに対しては並々ならぬ関心がございます。
よってどんな女優と共演するかというより100倍、誰とバトルするかということが重要で、新作のニュースを見るたびに「今度の相手は誰だ!」と速攻、脊髄反射してしまう身。
この作品はそういう観点から見ても大満足。
しかも今回は初めて本格的にパルクール(フリーランニング)を取り入れたという意味でも非常に新鮮でした。パルクールといえば「ヤマカシ!」を初めて見た時のワクワク感はまだ私のなかに残っています。
そういえばドニーさんの『導火線』(07年)でも一瞬ですが壁を三角飛びするシーンがありましたっけ。「おお、瞬間ヤマカシ!」とニヤリとしたことを思い出します。
回廊をひらりひらりと軽やかに駆け抜けるドニーさんと、雑踏をまさに人を蹴散らしながら(笑、しかもそれが早い!)野獣の如く追うカン・リー。こういう場面は闘う男たちのキャラの対比が強ければ強いほど盛り上がるってもんで。さすが、わかってらっしゃる!
さんざん走ったあとは、お約束の肉弾戦。
私はアクション映画、というよりはドニー映画が好きなので、格闘技のことはよくわかりません。なので実はカン・リーのことは知りませんでした。でも、あの蹴りのフォームを見てればスゲー奴だというのは分ります。映画のことを調べていて分ったのですが、彼、本当の試合ではたった1分で相手の腕をへし折ったこともあるとか。ひぃ~。
成龍と違い、どちらかというと過去映画の中で相手にボコボコにされることの少なかったドニーさん。今回は珍しくやられまくってます。これはいい感じでした。
当然まずは役ありきだからそういう展開になったのでしょうが、強い奴と闘うということは自分も顔を腫らし血まみれになるということ。あと1発殴られたらすわ気絶、という瞬間に「どわぁぁぁぁぁぁっっ」と叫びつつ足を挟んで相手を倒すから、そのバトルに説得力が生まれる。
なにしろすでにもう何人ものボディガードが殺られております。先を読めば、このドニーさんも死亡フラグは充分過ぎるほど立っている。あとはどういうかたちでその瞬間を迎えるのか。殺るか殺られるか、常にそんな緊張感にみなぎっておりました。
ただでさえ、このふたりは、それまでは雇用する側、される側という関係です。当然カン・リーにしてみりゃ「飼い犬に手を噛まれた」感覚ですわな。
「ざけんなオラ!!てめぇ!!」というキレまくった迫力が彼にはありました。この殺気はやはり本物の格闘家の持つ力でしょうか。いや、素晴らしい。
カン・リーが今までどんな作品に出演しているか、残念ながら見たことはありませんが、恐らくこの映画が一番彼のいいところを引き出してるのではないかと、充分想像できる出来でした。
あと、オープンセットでのアクションシーンということで、当り前ですが大勢のエキストラが遠巻きにする中でふたりのバトルは行われます。
例えば、試合形式のバトルシーンでは、むろん観客が見ているという設定になりますが、こういう風に雑踏で(あそこまでの人数の)衆人環視の中で行われるバトルシーンというのは、それほど記憶にはありません。とにかくこの作品はセットのすごさもさることながら膨大な数のエキストラを動員していることも特徴のひとつ。そういった意味でも、その設定が非常にうまく活かされた素晴らしいアクションでした。
最後に、ワンチャイで辮髪の魅力に取り憑かれて早20年、ひさびさに(ドニーさん含め)男達のマジ辮髪祭りが堪能できて大変幸せでございましたわ。
と同時に、孫文のあの時願った民主主義は未だ中国には訪れていないのだと、観た後、皮肉な現実に思いを馳せてしまい、少し複雑な気分にも。
中国政府が検閲OKを出したこの作品、作った香港人たちが意識していたか、していないかは分りませんが、裏側にこうしてもうひとつの意味合いを持つことになった偶然の妙を、外から見ていてしみじみ感じた次第です。
劇場にて日本語字幕版を見た追記
孫文の義士団を観に新宿シネマスクエア東急に行く。なかなかいい席につけたと思ったら、後ろの爺様が予告から豪快に寝てしまいスーピースーピーやりだしたために、前半早々にやむなく席移動。
もう何度もDVDで観てるし、いいかと思ったけどさすがに前から2列目は字幕を追うと画面が見づらい。私の怪しい英語で字幕を今まで観て来たから、やはり日本語字幕はとてもありがたい。で、結局字幕を読んでしまい、すると画面がおろそかになる。ので、結局2回観てしまいました(笑)。
何度観てもいいものはいい。自宅で鑑賞した時は、義士団のメンバーが死ぬたびに悲しい旋律が流れるのが少々あざとく感じてしまったのだけど、それが劇場で観るとまったく気にならなかったのが不思議。やはり映画は映画館で観るべきものなのだなぁ。
日本公開にあわせて我らが谷垣健治さんが裏話をしているインタビュー記事がネットにあがっているので、それを読むと映画をまた一段と楽しめます。
トン・ワイのアクション監督で一回撮ったのに気に入らないからと「アクション監督分のギャラなんかいらねーしクレジットも出さなくていーから俺にやらせろ、5日で撮り直す!」と宣言して谷垣さんに電話する(しかも嘘までついて)ドニーさん(笑)
メイキング見てたら、あんたが肉屋の店内でアクション撮ろうって最初に言いだしてるやんか(笑)。
まぁ最終的にはあの素晴らしいオープンセットを活かしたアクションになったんだから結果OK。あの回廊をパルクールで駆け抜けるリズムの良さや、リアリティのあるコレオグラフィーに痺れましたわ。やっぱ撮り直して正解だったのではないでしょうか。
お蔭でレオン・ライ若様の鉄扇ひらひら舞うような美しいアクションシーンとも個性の差が出て、結果見ていてまったく飽きさせませんでしたよね!お疲れ様でございました、谷垣さん(笑)。