ルート・アイリッシュ(2010年・英、仏、伊、西、白合作)

ケン・ローチの新作、「ルート・アイリッシュ」の試写に行きました。
上映の前に短いシンポジウムつき。
映画も面白かったけど、このシンポジウムが大変興味深かった。
コーディネーターにピーター・バラカン氏、パネラーに国際政治アナリスト菅原出氏、ジャーナリスト安田純平氏、APF通信代表山路徹氏。

3人のパネラーが口をそろえて言ったのは「この映画は非常にリアリティがある」ということ。
「ルート・アイリッシュ」はイラク戦争時に16万人いたとされる民間兵(コントラクター)に焦点をあてています。
ここで描かれる民間兵とは、いわゆる傭兵とは違います。傭兵とは個人で参加する兵士ですが民間兵は企業が雇った派遣社員みたいな存在。
現代の戦場では、上場をしている民間軍事会社が軍に代わり様々な業務を請け負っているのです。

こういった民間軍事会社は90年代からすでに存在していましたが、大義のない戦争を仕掛けたイラク戦争において、米政府と国防省は「少ない人数でこの戦争を終結させる」というスローガンを掲げてアメリカ議会や国内への印象操作をするために、また米軍の人員不足を補うためにも、それまで軍が担ってきた業務を民間会社に大々的に委託するようになりました。
しかも当時のブッシュ政権の副大統領だったチェイニーが最大手の民間軍事会社ハリバートンのかつてCEOだったことは有名な話。

シンポジウムでは何度も「軍事の民営化」という言葉が出てきました。
この軍事の民営化によって、巨大な利益を上げているのが軍事民間会社です。
軍人ならば死亡に対して国は遺族への補償の義務があり、年金も発生するし、まず常備軍や基地も維持しなくてはならない。
しかし、民間軍事会社に委託すれば、その民間兵が死んでも国は何の責任も負いません。そしてそれは軍の大幅なコスト削減になり利益拡大につながります。

そこでの民間兵の仕事とは、例えば軍事関連施設の建設、警備、食事の提供、物資の運搬、要人やジャーナリストの警護など、イラク人以外の現地にいる人間の生活を守るあらゆるミッションを請け負うこと。

パネラーの安田氏は米軍基地での料理人としてイランに入った経験を持ちます。
民間兵には様々な人種がおり、インド人ネパール人フィジー人などが多かったとか。(プレスシートでケン・ローチは、ボリビア、コロンビアなどのラテンアメリカ系のことも語っています)そのほとんどが退役軍人で、故郷でデカイ家を建てた元民間兵を見て「俺も俺も」と短期で高額な給料が得られることに魅かれ参加した兵士がたくさんいるのだということでした。いわゆる一種の出稼ぎ労働者です。ただ以前と違うのはその派遣先が戦場であるというだけ。しかし、ここでも格差は当然あり、米国人の給料が1万ドルならネパール人は1000ドルという現実も。

そんな背景の中、映画「ルート・アイリッシュ」で一番のカギとなるのは、連合軍暫定当局がイラク議会に強引に通過させた指令17条の存在。
軍人と同じ武装をして業務をこなしていていても、軍に属さないため軍法に掛けられない民間兵。これは、そんな彼らがイラクで刑事処分になるようなことを犯しても、一切処分の対象にはならないという特例でした。
この指令が、のちのイラクの人々にどれほどの恐怖と苦しみを与えることになったか、ケン・ローチはあの地が無法地帯になってしまった一因をそこに見いだしています。

物語は2007年、かつてその民間兵として親友フランキーとともにイラクに渡ったファーガスという男が、帰国後のある日その親友がイラクで死んだと報せを受けたところから始まります。
そして彼のもとに死んだフランキーから届いた携帯電話。そこには親友の死に関わるのだろう、ひとつの動画が残されていました。
その親友の死を独自に捜査していくうちに、ファーガスが直面する国家や軍を超えたビジネスという巨大な力とそれが生み出すイラクの犠牲。

しかし彼もまた加害者の1人であるという事実は変わることはありません。
「少年たちは携帯電話を持ってるだけだったのに!」と嘆く死んだ親友の妻に対して、「あれが爆弾だったらどうすればいいんだ、一番簡単な爆弾なんだぞ!」とファーガスが訴えるシーン。
イラクでは自爆テロの危険が最大の問題で、だからこそ民間軍事会社のマニュアルには、相手が100メートル以内に近づいたら発砲してよいというルールが実際に存在します。
妻であろうと理解できない戦争の恐怖と、そこにさらされた人間の心理。まして親友はその妻よりももっと長く深く主人公に繋がっている男でした。
ケン・ローチが意識したかはわかりませんが、このファーガスが必死に親友の死の真相を捜せば捜すほど、戦争の狂気と男たちの深い絆がほどけないほど強烈にからまっていることも自然に浮かび上がってきます。

1936年生まれのケン・ローチは今年で74歳。
5カ国もの合作で、世界的に有名でないTV出身の俳優を使い、こういう映画を撮れるのも彼だからこそでしょう。

プレスシートに記載されたインタビューで監督はこんな事を言っています。
「私が思うに最大の犠牲者はイラク人だということを忘れてはいけません。彼らこそ苦しんできた人々なのです。こんな事を言うと、議論を巻き起こすかもしれません。でも、私は米国人の兵士が最大の犠牲者であるかのような描き方をしている米国の映画を見るとウンザリしますし、そういった映画が米軍に捧げられているのを見るとさらにウンザリします。確かに彼らだって苦しんできましたが、何百万という戦死したイラク人や、破壊された家庭や、手足を飛ばされた子どもや、爆破された家のことを考えてみてください。400万人が難民となっています。だからこそ私はこの戦争を描いた映画が米軍に捧げられているのを見るとウンザリするのです」

しかしシンポジウムで語られた話だと、一方のイラク政府も現在はその軍事民間会社を真似した組織を作り、反対に米国人を逮捕しているのだとか。軍事会社にかつて雇われていた兵士たちが相次いで独立し、世界中の紛争地帯や戦場で民間会社のいないところなどない風になるのは間近なことでしょう。いや、すでにそうなっているのかもしれません。

映画を見終え木枯らし吹く新橋の街を歩いていると、ふと、どなたかが言った言葉が鮮明に蘇りました。「戦争は今や、世界最大の公共事業なんですよ」

公開は3月31日、東京銀座テアトルシネマほか全国順次公開。

ルート・アイリッシュ日本語予告
ルート・アイリッシュ日本公式サイト

 

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ルート・アイリッシュ(2010年・英、仏、伊、西、白合作) への2件のフィードバック

  1. 窪田 竹次郎 のコメント:

    「ショックドクトリン」で、アメリカが自国の安全と戦争まで民営化し、それによってかつて政権の要職にあった人たちに莫大な富をもたらすことに成功しているということを教えられた。
     この映画はまだ見てないが、もし見たら、たぶんそうした現実を人々につきつけたいのうだろうと思う。アメリカ民主主義の危なさと、そのアメリカに盲従してきた日本の愚かさを思い知らされる。、

    • ケイコママ のコメント:

      窪田 竹次郎さま
      「ショックドクトリン」恥ずかしながら知りませんでした。アマゾンを見たらとても面白そうです。今度、読んでみたいと思います。
      映画、是非ご覧ください。ケン・ローチには少しでも元気で長生きしていただいて今後もたくさんの映画を撮ってもらいたいと願います。

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