満開の桜を見ると、なぜか心が浮ついてきます。
こんな季節はお弁当を持ってお花見に行きたいもの。
お弁当というと、最近はキャラ弁という名で、食の細い子どものために食材で人気キャラクターやら可愛い動物君を模したものを作るお母さんが多いらしい。
一度キャラ弁レシピサイトを覗いてみたことがありますが、その手の込みようと出来上がりの華やかさに「うお!毎朝こんなことをしてる人がいるのか!」と感心したのを覚えています。
私が学校にお弁当を持って行ってた頃、母は早起きして作るのが面倒だったらしく、毎日お昼休み直前に、出来たてのお弁当を弟と私の下駄箱に入れに来てくれました。
可愛いお弁当箱持参の友人たちとは違い、大食漢だった私のは普通の女子のお弁当箱サイズより大きめのタッパー(笑)に入った男子仕様。
温かいものが冷めないようにという親心でしょう、そのタッパーはいつも新聞紙(!)でくるまれていました。なんつー色気のない(笑)。
当時さすがにキャラ弁は存在しませんでしたが、それでも洒落たお母さんなら彩りに気を遣うくらいは当り前の時代。
そんななか、開けるとびっしり詰まった白米の真ん中に梅干し、おかずは常に茶色一色、しかもメニューは連日ほとんど変わらず、という私のお弁当はさぞインパクトが強かったことでしょう。
不思議なことに私はこの男子仕様弁当を全然気にしませんでした。思春期の自分は相当外面を気にしていたはずなのに。
最近、弟とこのお弁当の話になった時のこと(彼とは2歳違いなので同じ弁当を同じ仕様で受け取っていた時期がある)。
「実はあれって、クラスメイトから羨望の眼差しを受けていたんだよ」と彼は振り返りました。「なにしろ、開けたら湯気が出てくるんだもん。そりゃ羨ましいでしょ」
ああ、それでバカにされなかったのか(いや、されてたかもしれないけど、気がつかなかった)、どころか、ちょっぴり優越感だったのかもしれんなぁ。なんとなく合点がいきました。
母親本人いわく「早起きするより、昼前に弁当を作って届ける方がずっと楽だった」
でも毎日弁当を学校に届ける、今なら、それがどんなに大変なことかよくわかります。まったくもって彼女に感謝でございます。
そんなことを書いていたら食べたくなりました、母の作ったあの色気のない、でも温かいお弁当。