この世の矛盾や不正義とそれに対する人の在り方をエンタメとして描いたらピカイチ、ポン・ジュノの最新作。家族であり母でもある少女はその子を一心に取り戻そうとし、一方でその子を作りだし殺そうとするのは家族によって囚われた女。ネタバレ。
ポン・ジュノらしい作品であったという安堵感がまず先にきた。それが何に起因するのか。Netflixという過去にない新興製作メソッドのお陰ならば「おおおお、色んな監督でもっとやっちゃって!」という気分になりました。
本作も世界の飢餓問題と食物の遺伝子操作、食肉業界の裏側、トップ企業のとる印象操作と警察政治との癒着、それを阻止せんとする過激派動物保護団体などに対するシニカルなまなざしが風刺という形をとって彩られている。そして今まで以上に潤沢な資金とVFXによって、アドベンチャーアクションとしてのクォリティがすこぶる高い作品となりました。すごい。
しかし、その派手な包装紙のなかに秘められたものは、オクジャの家族であり母親でもあるミジャが「我が子」を取り戻す執念の一点に絞られており、そういう意味では監督の『グエムル』と『母なる証明』から続く物語です。
主演女優のミジャ役の アン・ソヒョンが本当にいい。あの面構えね。パッと見可愛くなくてストーリー上仕方ないけど、ほとんどふくれっ面なのが好き。韓国の俳優さんは演技が飛びぬけて上手いのは勿論ですが、子役も次から次に上手い人がいるなぁ。
ティルダ・スウィントンは『スノーピアサー』に勝るとも劣らない怪演。「家族」という血に囚われたままの者として描かれるのもミジャの対比として面白い存在で、この役をただの男性経営者にしなかったのが大きいと思います。しかも彼女の経営するコングロマリットは、ドキュメンタリー『モンサントの不自然な食べもの』で告発されたモンサント社を彷彿とさせ、ぶっ飛んだ演技のジェイク・ジレンホールは、どうしたってスティーブ「クロコダイルハンター」アーウィンを思い起こさせます。
ALFという過激派動物保護団体もね、笑うしかない。トマトひとつ口に入れる入れないという際に語られる講釈やオクジャの足の裏に刺さった破片を抜くリーダーの恍惚とした表情、そして”Translations are Sacred(翻訳は尊い)”と彫られたばかりのタトゥーを誇らしげに見せるメンバー。40年の歴史は??結果、寸を曲げて尺を伸ぶ。
皮肉たっぷりなユーモアと、ぞわぞわと神経を逆なでする肉体的だけでない残虐性は健在ながら、優秀なVFXと派手なアクションでこれほどのエンタメ大作に仕上げてきたことには喝采を送りたい。ポン・ジュノやはりすごい。
ここまで風呂敷を広げて「一体どんな結末にするんだ」とワクワクしながら待っていたら、すんでのところでミジャはミランド社のCEOからオクジャを買い取り他のスーパーピッグに後ろ髪を引かれながらもオクジャとチビピッグを連れてその場を去ろうとします。
振り返ると屠殺を待つしかない何千頭というピッグが彼等を見送りながら絶望の声を上げる。その姿にミジャが流す一筋の涙。それは『母なる証明』で真犯人として逮捕された被疑者に「あなた両親はいるの?お母さんはいないの」と尋ねた母親の涙と同じに思えました。
何かを守るという行為は、ともすればより弱いものを犠牲にする矛盾を孕むことがある世界の構造、それに薄々気づきつつとってしまう行為もまた人間の在り方の一部なのだと、ラストの美しくも淡々とした日常が伝えていた気がします。
そして何より、この観賞後の居心地の悪さがポン・ジュノ印ではないでしょうか。