女帝 [エンペラー](2006年・中国、香港)

シェイクスピアのハムレットを原作に、舞台を古代中国に変えた宮廷悲劇。ダニエル・ウーは安定の不憫さ。当時としては破格の製作費で、そのド派手な美術セットと豪華な衣裳が凄い

2006年作。11年前の中国映画では破格の製作費だっただろう今作は、今ならCG処理しそうな部分も実写で撮っているので、そういった意味ではアナログな中国大作映画としては最後の作品に位置づけられるのかもしれません。監督はフォン・シャオガン(馮小剛)、音楽はタン・ドゥン(譚盾)。

ものがたりのベースは、シェイクスピアのハムレット。

チャン・ツィイー(章子怡)‐皇后ワン(婉):(ガートルード)
ダニエル・ウー(呉彦祖)‐皇太子ウールアン(無鸞): (ハムレット)
グオ・ヨウ(葛優)‐皇帝リー(厲): (クローディアス)
ジョウ・シュン(周迅)‐インの娘チンニー(青女):(オフィーリア)
マー・チンウー (馬精武)‐イン宰相(殷太常): (ポローニアス)
ホアン・シャオミン(黄暁明)‐インの息子イン・シュン将軍(殷隼): (レアティーズ)

という配役

ハムレットに限らず、シェイクスピア原作ながら、国や時代、舞台設定、視点などを変更したリ・イマジネーション作品は枚挙にいとまがなく、今作もそんなひとつ。主役はタイトル通り、皇后であるチャン・ツィイー。つまりはハムレットにおけるガートルードの視点で描いております。

軽く見積もってもドえらいお金と人手がかかってるだろう美術はみどころであります。衣裳、美術は『グリーン・デスティニー』、『レッド・クリフ』、アテネ五輪閉会式の中国パートも担当したティン・イップ(葉錦添)。

個人的見解を言わせていただければ、暗めの画面に色の使い方が赤黒白金と割と単調だったのに正直途中から飽きてしまったかも。(他の作品を引き合いに出すのは大変申し訳ないのだけれど)『HERO』の衣裳を担当したワダエミ氏の「同じ赤でも54色を染め分けました」という言葉に代表される執念には及ばなかったか。むしろ今作はセットではない、冒頭の竹林の中の舞踊舞台や中盤の雪道のロケシーンのほうが鮮明な印象を残しました。

キャスティングもまたしかりで、俳優陣はかなり豪華なメンバー。が、こう言ったら台無しになるかもしれないんだけど、ツィイーとグォ・ヨウの役を違う俳優が演じたら・・・と序盤観ながら思ってしまったのことよ。

2人とも素晴らしいし好きな俳優ですが、正直この役には合ってなかったかなぁと。グォ・ヨウは『さらば我が愛 覇王別姫』の袁四爺は超ハマり役、けどその延長のしかも皇帝はどうよとか、ツィイーは底知れぬ女の不気味さを表現するには線が細すぎるとか。

なんでもかんでもコン・リー(鞏俐)がいいとは言いたくないけど、彼女ほど薄幸さを纏いながら得体の知れなさを醸し出せる中華美女って他にいるのかな。私が知らないだけなのか?この皇帝役については中国なら他にいそうな気もする。

いつでもどこでもヒラヒラ飛びまくった武侠アクションは、今作のプロデューサーでもあるユエン・ウーピン(袁和平)がアクション監督を務め、袁家班のユエン・チョンヤン(袁祥仁)、ユエン・シュンイー(袁信義)チウ・チュンヒン(趙中興)が武術指導を担当。アクションの分量は結構あるものの、作中似たシチュ、相手、動きの繰り返しになったのが残念だったし、ぶっちゃけ編集があまりよろしくなかったですね。編集は古装テレビドラマやガオシャン監督作品を多く手掛けている リウ・ミャオミャオ(劉淼淼)なので、こういった「映画」での武術シーンの編集に慣れてない気がしました。

普段、レビューでは気に入ったものを書くことの方が圧倒的に多いのですが(好きなのに書きそびれたものはもっと多い)、なんでわざわざ書いてるかと言うと、かなり惜しい作品だなと思ったから。ダニエル・ウーはハムレットにピッタリだし、その皇太子がもとはツィイーと恋仲で、先王(ダニエルには父)に見染められ娶られたことで隠居してたとか、めちゃ好きな設定なのです。しかも苦悩するダニエルとか大好物としかいいようがない。そのドストライクな関係が、表面上なぞっただけだったのが、とても残念だったのでございます。

ハムレットといえばノルウェイ王フォーティンブラスが目撃した通り最後はみな死んじゃうんですからね。ラストはあれで良いと思いました。誰が暗殺したか、それが問題ではなくその座にあるものは常に命を狙われ、生きる気力を失くしてしまえば早かれ遅かれその目にあって当然という時代の無情さということで、ひとつ。

映画ハムレットだと、私はケネス・ブラナーが監督ハムレット役の1996年度版を溺愛しているのですが、私が彼を初めて知ったのがこれまたシェイクスピア原作の映画版『ヘンリー五世』(1989年)でした。かつてロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに所属し自らの劇団でもシェイクスピアを演じていた頃です。その頃、彼の舞台を生で観たいと願っていた事を思い出しました。

にしても、どの国どの時代どの媒体に関わらず、私が宮廷ものにふれたあとの感想はいつも同じです。「この舞台に放り込まれたら、自分なんか一瞬で失脚するよね!」ということ。ほんとう、見れば見るほどこんな環境に生まれなくて良かった。

The Banquet 夜宴 aka Legend of the Black Scorpion (2006) HD trailer
女帝 [エンペラー]公式動画

おまけ
ヘンリー五世アジンコートの戦いの直前、聖クリスピアン祭日の演説。これでケネスに惚れたんや↓
Henry V (3/3) St. Crispin’s Day Speech (1989) HD

We few, we happy few, we band of brothers;
For he to-day that sheds his blood with me
Shall be my brother; be he ne’er so vile,
This day shall gentle his condition;
And gentlemen in England now a-bed
Shall think themselves accurs’d they were not here,
And hold their manhoods cheap whiles any speaks
That fought with us upon Saint Crispin’s day.

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