異聞 始皇帝謀殺(原題:秦頌、1996年・香港中国)

姜文の不憫さ大爆発。渋くてひねった包装紙に惑わされがちですが、基本この人の役は清濁併せ持ちつつも、不憫さがあふれてナンボ。

日本語字幕版は手に入りにくく、簡体字字幕で観た。監督は『麻花(マーホア)売りの女』、2003年テレビドラマ『天龍八部』、2005年テレビドラマ『楊貴妃』の周曉文(チョウ・シャオウェン)。

1996年作、姜文33歳。だいぶふっくらしており弟の姜武(チアン・ウー)にそっくり。姜文の出演作はパッとみ、声で年代を測ることが出来るのが面白い。この時はまだ声が若いです。このあと煙草のせいなのか年輪がそうさせるのか、あのスーパーヴォイスに徐々に変化するわけですね。共演はその後ドSなチアン先生に監督作でいろんな方面でいじめられる葛優(グォ・ヨウ)。2人はこれが初共演だったそうです。年齢は葛優の方が6歳上だったのか。

葛優は二枚目俳優と言い難い風貌ですが、もともと喜劇で知名度を獲得し大陸では大変な人気者。受賞歴やCM出演も多い中国を代表する俳優のひとりです。

彼の喜劇を数観ていないので、私の中のイメージだと超演技派。そういえば以前彼の出演作を初めて観たつもりでいたら、結構観ていてびっくりしたことがありました。今なら判る。最初に観たのは『さらば、我が愛 覇王別姫』の袁四爺。

原題は『秦頌』でチアン先生が秦の始皇帝(贏政)。葛優は、贏政の乳兄弟で筑(古代中国の五絃の琴の原型のような楽器)の名手、高漸離。

政が幼いころあわや斬首寸前という時に死の恐怖から救ったのは幼なじみ高漸離が奏でる筑の音色と歌でした。いよいよ秦に帰国という日、少年政は高を竹馬の友として連れて向かうのですが、道中ちょっとした隙に従者が高を捨てていってしまいます。

やがて、政は泰の王となり、高漸離は燕で著名な楽師として成長しました。燕といえば始皇帝暗殺に一番近かった男荊軻がおりますが、この暗殺が未遂に終わり激怒した政は燕を滅ぼし燕の民を奴隷として苦役につかせます。

今や秦王の政は、そのなかから高を捜しだし宮廷で楽師として泰の国家「秦頌」を作曲させようとします。が、燕に対する非道なふるまいに高漸離は首を縦に振らず、ハンストして死のうと試みるわけですね。その彼の反抗を懐柔しようと一役買ったのが政の愛娘。しかし、いつしか2人は愛し合うようになり・・・。

第一印象。チアン先生、またまた清濁併せ持ちつつ不憫なことよのう。
天下の始皇帝に不憫というのもなんですけど、本当にそうなんだから仕方ない。かつて目前に迫る死という極限で触れた高の音楽は、足の不自由な自分の娘以外、誰一人として信用しない泰王にとって何より欲したもの。再三高漸離をその筑を聴かせよと泰に招いても「聴きたければ、向こうが来ればよい」と芸術家らしい傲慢さで断わり続けておりました。

粛清と恐怖政治で知られた泰王でしたが、その高の態度に激昂することもなく、燕を滅ぼした後、正式に楽師として迎えることにしたわけです。

しかし当の高漸離は自分を支えて欲しいという泰王の要望を、友情を仇で返すがごときに(なにしろ自ら死罪になるつもりで溺愛する娘と通じてしまう)断わるのです。

家臣が姫を手籠にした男を断罪してもなお、なんやかやと言いくるめて結局かばう政。なんて不憫なんだ!お前は高漸離をそんなに愛しているのか?と半ばあきれてしまうほど。一方で、国歌を作ってくれなきゃ燕の奴隷の首を片っ端から切るという強迫ぶり。なんですか決して報われないその歪んだ愛情。それだけに不憫さが一層際立ちます。

圧倒的存在感と俺様鬼畜監督ぶりからピンとこなかったりしますが、実は彼、結果的に報われない思いを抱えた不憫なキャラが多かったりする。そういや、『三国志英傑伝』でも曹操はそういう男であったよなと。いわば、あの映画の曹操のプロトタイプの人物像としても見てとれる不憫さ。(しかも曹操のくせに女っ気がまったくないし)

いや、『太陽の少年』『鬼が来た!』『さらば復讐の狼たちよ』『弾丸と共に去りぬ』など自分の観た姜文映画の多くがビターエンドであったことを考えると、ある意味「不憫」は姜文のキーワードみたいなものかもしれません。なるほど、ローグ・ワンでチアルートの相方として、あのような最期を演じる役者を選んだには理由があったのだと、彼をキャスティングした人の慧眼に感服するしかありません。(ローグ・ワンに関して言えば、チアルートとベイズは本来あるべき場所、フォースに還ったある意味ハッピーエンドと個人的に解釈しておりますけど)

一方、そんな始皇帝の気持ちを汲み取らず無下にし、殺すなら殺せとふるまう葛優の無表情が怖い。本当にいい俳優です。しかしこれは言わせてもらう。張芸謀(チャン・イーモウ)の『活きる』も見ましたが、彼の現時点でのベストアクトは陳凱歌(チェン・カイコー)監督の『運命の子』じゃないかなぁ。対峙する王学圻(ワン・シュエチー)との緊張感がすさまじかった。次点で『覇王別姫』。

秦の始皇帝といえば、多くの俳優が演じそのキャラも多様。主だったところでも陳道明(チェン・ダオミン)、李雪健(リー・シュエチェン)、張豊毅(チャン・フォンイー、この人は荊軻と始皇帝両方やってる)など、果ては大映歴史超大作の勝新太郎まで。

自分としては『HERO』 に登場した誰にも理解されない孤高の存在としての始皇帝が、陳道明の男前度とともに一番印象に残っております。

近年では邵兵(シャオ・ピン)も荊軻のドラマで始皇帝を演じているそうで、彼だとどういった皇帝になっているのか、ちょっと観てみたい。

さて、本作のキーパーソンである姫役は許晴(シュイ・チン)。めっちゃ若くて可愛い。ドニーさんの『導火線』で馬軍の上司だった女性。導火線では特別出演でしたが、馮小剛(フォン・シャオガン)監督が俳優として主演した2015年の『老炮兒』で主演女優賞を獲ったりしてバリバリの現役大物女優として活躍中です。

実はこの『異聞 始皇帝謀殺』のストーリーを基にしたオペラ『The First Emperor』(中国語タイトル:秦始皇)というのも作られておりまして。さっきその全曲を聴き終えたばかり。

ニューヨークメトロポリタンオペラから依頼を受け譚盾(タン・ドゥン)が作曲。泰王をプラシド・ドミンゴが演じました。その2006年初演時の監督を張藝謀(チャン・イーモウ)が担当、衣裳はワダエミ氏。物語のベースは今作ですが、『HERO』の音楽監督衣裳がそろい踏みしたというオペラでやんす。

The First Emperor – Metropolitan Opera
Tan Dun | The First Emperor
MET Opera on DVD – The First Emperor – Placido Domingo
秦始皇 (歌劇)中文wikipedia

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